クライミングツアー 米国編 第1回
2005年9月20日〜30日
万福(食担・記録)・福原(須磨労山・リーダー)・豊島(須磨労山・会計)
11月21日に無事、2ヶ月間の米国クライミングツアーを終え、帰国しました。
今月より6ヶ月連続で誌面をお借りし、報告させて頂こうと思っています。
9/20
6時前自宅出発。背中の85リットルザックに30キロ、前の35リットルザックに18キロ、ウエストバックに2キロ。合計50キロの荷物を担ぎ、自宅より普段5分のJR 平野駅に行くのにいきなり20分もかかってしまう。関空→羽田→成田→ロサンゼルスと乗り継ぎ、同20日14時過ぎにサンフランシスコに到着。ターミナルからBART(サンフランシスコの市電)に乗り、一駅南のミブライエ駅に向かい(一駅なのに1.5ドルもした)、駅からレンタカー屋(日本で調べておいたその名もズバリ「スーパー・チープ・レンタカー」)にTELするが、電話だとなかな話が通じず難儀する。結局1時間後に、駅のバスターミナルに迎えに来てもらう。この頃からサンフランシスコにしては珍しく(レンタカー屋さんがそう言っていた)雷が鳴り、大雨になってくる。レンタカーの手続きを済ませ、出発したのが17時頃で今日中に何処まで行けるか心配になってくる。慣れない右側通行に戸惑いながら、なんとかハイウエイR101に入り、サンフランシスコ市街地を目指す。R 80→R 880→R 580→R 205→R 120と走り、少しでもヨセミテに近づこうと頑張るが、暗いのに雨天が加わり、危険と判断し、22時過ぎ、マンテカにてモーテルに宿泊する。(30ドル/人)
9/21(晴れ)
7時半起床、朝食も食べずにひたすらヨセミテを目指す。途中休憩しながら昼頃にヨセミテナショナルパークの西側エントランスに到着。20ドル/車1台/1週間
の料金を払ってパークに入園する。ヨセミテバレーまでは30分程で、キャンプ4(サニーサイドキャンプ)到着が12時半。13時半までは昼休みで、キオスクのレンジャーが帰ってこないので、ヨセミテビレッジにあるストアーに食料等の買出しに出かける。キャンプ4に戻り手続きをするが、取りあえず今日のみキャンプサイト#1に泊まって良いという事で、まあ明日もう一度別のキャンプサイトを予約すれば良いかと、軽く考えテントを張り、今日始めての食事を作って食べる。5ドル/人。夜、同じサイトのアメリカ人MATT君(26才ニューヨーク在住)にお奨めのルート等を教えてもらい、今日は早めに寝る。
9/22(晴れ)
7時起床、寒い!温度計が無いので判らないが、0度に近い寒さである。
熱いコーヒーを飲んだら少しマシになったが、震えが止まらない。キオスクは8時半からなので、ゆっくりしていたら、8時頃に気付いてみると順番待ちの列が出来ている。慌てて列の最後尾に並ぶ。手続きの順番を待ち、私たちの前の前のグループの番になった時、レンジャーがキオスクから出てきて、いきなり両手で×マーク「No、Campsite!」 私たち「Why?」レンジャー「Nothing!」 私たち「Why…?」 レンジャー「…・…・…!!!」 私たち「…???」 レンジャー「No、Campsite in vally!」 結局「22日から25日まではクリーン・ボランティアのテントで一杯になるので、バレー内には君達の泊まれるキャンプサイトなんて無いのだよ!まあパーク内の別のキャンプでも捜してみたらどうかね?」と非常に高圧的な万国共通の役人的な態度と口調でヌカシよった訳です。そんな訳で、本来ならば別のキャンプを探しに行かなければならないところを何故かそんな事はほったらかしにし、とりあえずクライミングに出かける。キャンプ4から徒歩5分のスワンスラブに向かう。グランツ・クラック5.9☆☆☆がヨセミテ初登り、当然OS。しかし、滑りやすい花崗岩に少し戸惑う。次にキャンプ4ウォールに行き、ドギードゥー5.10a☆☆を登るが、苦手のOW(オフ・ウィズス 知らない人は勉強して下さい)にてこずりAOしてしまう。デビテイションズ5.9☆☆☆は出だしのフィンガーをこなしOS。クライミング初日はこんなもんとし、バレー外のクレイン・フラットキャンプ場に30分程かけて移動。この日はなんとかサイトを確保する。このキャンプ場はサイトまで車が入れるので非常に楽チン。キャンプ4の様に人が多くなく、ファミリーキャンプ場といった感じ。キャンプ料金はゲートでは徴収出来ないので、キャンプ・グラウンド・オフィスまで行って払えと、偉そうに言うので3人分の15ドルは踏み倒してやった…
9/23(晴れ)
7時起床、8時半にキャンプ場のゲートに行き引き続き泊まれる様、交渉するが、週末で予約で一杯のため、又追い出される。さらにバレーから離れたホッドン・キャンプ場に行って、ようやく25日までの確保に成功する。ここも良いキャンプ場だが、6ドル/人と少し料金が高い。3日間だけだから仕様がないと諦める。10時頃から、キャンプ場から近いリーズピナクルに出かけストーン・グルーブ5.10b☆☆☆☆をまず登るが、叩き落とされてしまう。続いて、レギュラールート5.8☆☆4Pをリーダー福原とツルベで登る。ヨセミテのマルチはかなりしんどく、疲れていたのか、ラッペル時にロープを溝に詰まらせてしまって回収出来なくなってしまったが、地元クライマーが外してくれて助かる。サンキュー・ベリー・マッチ!
9/24(晴れ)
7時起床、9時出発。パット&ジャック ピナクルに行き、ヌードル5.8☆☆☆☆を登る。長さが50m以上有り、最後はギアが無くなり10m以上ランナウトする。ゴールデン
ニードル5.8☆☆☆はリーダー福原と2人で登るが、ルート途中にハングクラックがあり、5.8のルートとは思えないくらい怖いです。
9/25(晴れ)
7時起床、9時出発。今日はレスト日なので45分程車で走り、ヨセミテ ビレッジに出かける。ビジター
センターで絵葉書を購入。そばのポストオフィスはサンデイなので開いていなかったが、自動販売機でスタンプを買い、家に葉書を出す。その後、バレー内を回っているシャトルバス(無料)に乗ってカレービレッジに行き、シャワーハウスを探す。無料のシャワーハウスを発見し、ひさしぶりに体を洗い洗濯をする。昼食は朝作っておいたサンドイッチとキングコブラ(何故かヨセミテでしか売っていなかったビール500ml
75セント 以降大変お世話になる)
9/26(曇り後雨)
5時半起床、6時出発。7時キャンプ4到着。キオスクの前に並ぶ。既に先客の外人がいたので、コーヒーを沸かし一緒に飲む。キオスクOPENの8時半には長蛇の列になっていた。私達は早起きが幸いして10/3までのサイトをなんとか確保する。(7日間しか一度に受け付けてくれないんです。但し、延長の手続きは超簡単。しかし、この時点では30日間/年のリミットがあるのを知らなかったため、あとで少し揉める)手続き後、マニュア
パイル バットレスに出かけ、アフター・セブン5.8☆☆☆3Pを3人で登り、ラッペル後、その右側のジャスト・ドゥー・ドゥー・イット5.9☆☆☆をOSする。雨が降ってきたので、キャンプに戻る。テントサイトは#8、以後10月23日までここに居座る。かまどを作っておいたので、燃料節約のためマキでクリームシチューを作って食べる。同じサイトに北海道大学の学生ボルダラー中江君が一人で泊まっていた。(ミッド・ナイト・ライトニングを登る為に来たのだと言う。大きな岩が回りには一杯有るのに、御苦労様である。)
9/27(晴れ)
7時起床、9時出発。マニュア パイル バットレスの超有名人気ルート ナット・クラッカー5.8☆☆☆☆☆5Pをリーダー福原と登る。先日の雨で出だし部分が少し濡れていて気色悪かったが、割と楽に登れてホッとする。昼食後、エル・キャピタン・ベースにでかける。リトル・ジョン・レフト5.8☆☆☆をOSし、エル・キャピタンの初登りとする。
9/28(晴れ)
7時起床。今日はレスト日。午前中はテントの中のモノを出して干す。昼からカレー
ビレッジに行き、シャワーと洗濯。日本から持って来たバーナー(コールマンのピーク1)が潰れてしまったので、山道具店でMSRを購入(タンクとで99ドル)。大出費であるが、思いきって買う。キング・コブラも4本買って飲む。
9/29(晴れ)
7時起床、8時出発。パット&ジャック ピナクルに行き、シェリーズ・クラック5.10c☆☆☆をトライするが、下部核心部が突破出来ない。(結局、このルートはヨセミテ滞在中計6回もトライしたが登れず、シェリーちゃんの割れ目にはかなり痛め付けられました。)その右側のノブ・ジョブ5.10b☆☆☆は惜しい所でOSを逃がしたので、次回RPを誓う。午後からはナショナルパーク南エントランスそばのアーチ・ロックに行く。グリッパー5.10b☆☆☆☆☆2Pの
1P目(ほとんどチムニーばかりで、やたらしんどい)のみ登る。
9/30(晴れ)
7時起床、8時出発。ファイブ・オープン・ブックスに出かける。一番右端のハンギング・ティース5.8☆☆3Pを私がリードをし、3人で登る。下降路で少し迷うが観光道になんとか降りてくる。ヨセミテフォール(この時期は水が全く無く、滝と言われても困ってしまう)の前を通り、サニー・サイド・ベンチに行く。地元の年配の夫婦クライマーが居て、ルートについて色々説明してくれるのは良いのだが、早口でしゃべりまくるので何を言っているか解らず、プリーズ・スロウリー!と言っても最初だけで、延々しゃべり続けるので、ヤー・ヤー!アーハン!ウーフン!と解ってもいないのに相槌を打つのだけでも結構大変なのである。
夫婦が帰って行ったのでジャム・クラック5.9☆☆☆2Pを登る。快適なGOODなルートでした。このエリアもそうだが、花崗岩なのに結構ツルツルしていて、特にクラシックな名ルートは、かなり登り込まれているので、新品の墓石の表面の様に磨き込まれた状態になっている。
トポにもPOLISHED!とよく書いてあるのでなかなか気が抜けない。キャンプ4に戻り、キング・コブラを飲みながら夕食の準備をする。毎日こういう状態で食事を作っていると、同じサイトや隣のサイトの私と同じような食担の者同士が結構仲良くなり「今日の晩飯は何にする?」とか「それは何が入っている?どうやって作るの?」とか「あんた包丁の使い方が上手いけど、ひょっとしたらプロのシェフか?」「私はプロのシェフではなくて、プロのシュフ(主夫)である。in
Japan!」「コロラドの食担の兄ちゃん!あんたが今作っているウドンヌードルにクリームソースをカケた様なんは何じゃ?ちょっと味見させてくれ!」「これはココナッツミルクを使ったソースでウドンヌードルに合うんじゃ」「…ウン確かに合う。美味い!君、教えといてあげるが、ウドンは細めで柔らかく、腰がないオーサカのウドンが一番で、サヌキウドンとかいうウドンヌードルがジャパンでも受けているが、あれはウドンではない!もし、あんたがジャパンに来ても、絶対にサヌキウドンは食べない方がいい!仕方なく食べたとしてもデリシャスとか言うとバカにされるので気を付けなさい」等と食事の準備をしながら、食文化について無知な外人を指導している毎日です……次回につづく
(万福)
